格闘技専門誌が紡ぐ“物語” 日系ブラジル人格闘家への取材に込めた思い
「泣きながら読んだ」「力の入った記事だった」――6月11日、ある記事が話題を集めました。タイトルは「デカセギからRIZINへ~サトシとクレベル、日系ブラジル人とボンサイ柔術と日本の絆」。格闘技専門誌「ゴング格闘技」とLINE NEWSとの特別企画によるものです。総合格闘技の大会に出場する2人の日系ブラジル人格闘家の軌跡を追ったこの記事は、彼らの歴史や社会的背景まで深掘りしたもので、格闘技ファンの枠を超えて各方面から多大な反響が寄せられました。
記事を書いたのはゴング格闘技の編集長・松山郷さん。1万3000字を超える大作で、多くの人の興味を引き付けました。LINE NEWSとの「コラボ企画」として綿密なやりとりを重ねながら完成した本記事。松山さんに記事に込めた思いや、コラボレーションすることで見えた新しい視点など、お話を伺いました。
新たな層へ伝わった実感 選手にも意義あるものに
コラボ企画は、専門メディアとプラットフォームがそれぞれ知恵を出し合って記事を広く届けていく取り組みです。
松山さんは以前、コラボ企画で「生きる」──ステージ4のがんと闘う格闘家・高須将大を執筆した際、ある手応えを感じたといいます。
「高須選手の記事は、格闘技ファン以外の層にも受け入れられる可能性を探るべくテストケース的に始めたものです。その時の反響を元に、より選手の内面に踏み込むことで、さらに多くの人に広く伝えられる記事になると思い、今回の企画を提案しました」
(LINEの「ニュースタブ」トップで掲載)
今回の記事が出ると、当初の期待を超えるほどの反響がありました。Twitterなどで数多くシェアされ、編集者や映画監督、クリエーターからも絶賛されました。「LINEで記事が公開されることは、地上波で放送されるようなもの」(松山さん)と言うように、LINE NEWSでの発信は、情報の広がり方に自社サイトだけの場合と明確な違いがあったそうです。
「今回の記事は普段ゴング格闘技を読んでいる人だけでなく、老若男女、特に女性にも読んでもらえたことを感じました。都心部だけでなく、選手にゆかりのある地域の人からの反響の声もあり、結果として選手にとっても意義のあるものだったと思います」
試合の結果にかかわらず、届けたい“普遍的な物語”
記事の公開2日後に行われた大会では、取り上げた2選手が共に勝利を収め、再度、記事への反響が広がりました。通常、試合の結果に関するニュースがまず求められ、試合を過ぎると今回のように事前に出した記事が読み返されることは多くないといいます。
「結果が分かっていても読んでもらえたということは、より選手の背景にある物語を伝えられたのではないでしょうか。どちらが勝ってもおかしくない試合でしたが、負けても読む意味があるものにしたかったのです」
記事でメインに取り上げたサトシ選手、クレベル選手は、大会で必ずしも注目されていたというわけではなく、特にクレベル選手の対戦相手はYouTuberとしても有名な朝倉未来選手。対戦選手をメインとする案もありましたが「まだ知られていない物語や、別の場所から光を当てて違う見せ方をする物語を出すことが専門メディアの役割の一つ」と捉え、主役を2人に設定していました。
根底にあるのは「普遍的な物語を、格闘技を通して伝える」こと。その一要素として松山さんが記事に取り入れたのは、日系ブラジル人選手が直面した日本社会での生活でした。
日本からブラジルへ移民した祖先を持つ2選手は、来日して「デカセギ」として昼夜を問わず工場で働く傍ら、格闘家としても奮闘していました。リーマンショックや東日本大震災では、非正規雇用に就いていた日系ブラジル人の多くが職を失い帰国を余儀なくされる中、2人は夢を追って日本に残ります。ですが、そこにはさらに“ニッケイ”としての問題があったのです。記事では、偏見や差別に直面しながらも日本で信頼と尊敬を勝ち得ていく姿を丁寧に描き、試合へとつないでいきます。
「両選手には来日した頃から取材していました。サトシ選手は、日本で不可能と言われていた柔術世界選手権『ムンジアル』も茶帯で制しましたが、その裏で、非常に苦労していました。日本の経済状況に振り回される生活にもかかわらず、地方でどんどん強くなっていく。私もその理由を知りたかったし、多くの人に伝えたかった。格闘技はただ戦うだけではなく、自身を護り、人生を豊かにするものです。ベースにある生活を描かないと伝え切ることはできません。また日本人側も、日本で働く外国人を必要とする中で、隣人として生きる彼らをどのように受け入れ、共生するまでに至ったのか。取材では、格闘技に限らない、どこにでもある物語が見えました」
休刊しても伝え続ける “歴史をつなぐこと”への熱意
普遍的なテーマを切り口に、格闘技ファン以外の読者へもアプローチを試みた本記事。松山さんが掲げたキーワードは“生きる力”でした。前回の高須選手の記事では、病を抱えながらも闘い続ける姿、今回は日系ブラジル人選手の奮闘や、日本人の受け入れ方・交流を通じて“生きる力”を届けました。
「ニュースはスピードが肝で、すぐに消費されていくものです。試合の意味や文脈を伝えることは非常に難しいことですが、技術も含め、格闘技の本質を伝えること。そして、人生=ヒューマンストーリーが描ければ、別の視点からも試合を伝えることができる。どこに光を当てて、どの角度から、誰にどのように見せるのか。それを考えたところに、私たちの信念があります」
(選手に取材する松山さん【左】 提供:©Wakahara Mizuaki)
1968年にボクシングやプロレスなどの専門誌「ゴング」として創刊し、後に格闘技の専門誌として雑誌を発刊してきた「ゴング格闘技」ですが、これまでに3度の休刊を経て、復刊した歴史があります。
雑誌の休刊中も松山さんは手弁当で格闘技の会場に足を運び、掲載する誌面はありませんでしたが、SNSで発信を続けました。ファイターたちの姿を伝え続けたい——その情熱は団体にも伝わり、リングサイドでの取材を許可され、格闘家たちを見守りました。
「休刊中も取材を続けることによって、ファイターたちの活躍の歴史をつなぐことができました。格闘技をはじめスポーツでは“勝者の歴史”、すなわち勝った選手が歴史に名を刻んでいきますが、公に残る歴史だけでなく、表には見えない個人の歴史も多くあるのです」
こうして、松山さんは取材を続けながら雑誌の復刊にも尽力。約2年間の休刊を経てゴング格闘技は2019年3月に復刊を遂げます。以降は隔月刊誌として再び誌面でも選手たちの物語を紡いでいます。
(復刊時の様子。まずWeb版を開始)
「選手が語る言葉」も歴史として継承
格闘技は時に危険を伴うスポーツです。試合で流れる映像だけに集約されるものではありません。「格闘技の歴史はすなわち、人類の歴史でもあります。選手たちが何を感じ、どう動いているのかを描かなければ、その奥深さは伝わらない」との思いを胸に、松山さんは取材を重ねます。本記事では、クレベル選手やサトシ選手自身の言葉を多く引用していますが、それは「ある種のオーラル・ヒストリー」を作る要素でした。
「口頭で継承できるものがあります。サトシ選手やクレベル選手は日本語も拙く、文章も上手に書けるわけではありません。彼らの歴史を伝える上で、彼ら自身が話す言葉=主観の言葉も重要です。もちろん、記事にするためには、主観と客観のバランスが必要ですが、線を引くのは書き手の役割。彼らの証言を集め、拙いながらも話す言葉から見えてくるものをどう伝えるかを考えました」
日系ブラジル人の「声なき声」でもあると指摘する松山さん。格闘技のメディアを通じて、サトシ選手やクレベル選手が発する言葉はブラジリアンコミュニティーの代弁にもなる。同時に、選手の背景を知ることによって、別の視点から試合を楽しめる――本記事には国内外に向けた相互理解への願いが込められていました。
コラボで考えた“見せる工夫”と“ゼネラルな視点”
ゴング格闘技では本誌の他、自社サイトをはじめTwitter、Instagram、Facebook、noteとさまざまな形で格闘技の魅力を発信しています。紙ではテクニカルな面を含めて“格闘技の本質”、一方、Webでは“格闘技の楽しさ”を伝えられるよう、比較的柔らかい話題を中心に興味のきっかけとなるツールとして活用しているそう。特にInstagramは若い層と海外にも届きやすいプラットフォームと捉え、写真や動画に加えて翻訳した文章でも発信しているといいます。
「Webでの読ませ方は非常に難しい。これまで、意識的に見せる工夫をさほどしていませんでした。しかし、LINEさんと一緒に作成することで、格闘技を知らない人たちにもどう魅力を伝えたらいいか――よりゼネラルな視点を意識することができたと思います」
入念なやりとりは「昔の紙メディアのよう」
コラボ企画を通じて松山さんが魅力的に感じたのは、幅広いユーザーに届く広大なプラットフォームであることに加え、緻密なデータ分析ができたことでした。より多くの人に読んでもらうために、事前にLINE側の編集担当者と共に入念に記事の見え方を詰め、見出しではフックとなる点など見せ方一つで影響があると意識しました。公開後にはどれくらいのユーザーが記事のどの部分まで読んだのか“読了率”のデータ分析も興味深かったそうです。
「扇情的な見出しであればクリックはされますが、内容が伴っていなければ読者は離れてきます。リードでも、概要を分かりやすく伝えると同時に、結論を言い過ぎないことの大切さなど多くのことに気付きました」
さらにLINEがプラットフォームとしてメディアと議論を重ね、記事の作成をサポートしたことも成功の要因だったとみています。
「Webメディアの多くは原稿を書いて送って終わりですが、今回は何度もやりとりをして、折れそうな心を支えてくれて出来上がりました。昔の紙のメディアがやっていたようなことを、LINEさんはこの企画でやっているのではないでしょうか」
取材費の補助も企画を後押ししたといいます。今回は選手の拠点となる浜松に2泊3日で通い、周辺取材もすることができました。
「ニッチな専門誌なので潤沢な資金はありません。支援は大きな支えとなりました。例えば現在、ノンフィクションの書き手の多くは企業や新聞社などの基盤がないと成立しづらい状況です。このような中、支援を頂くことで深掘りでき、LINEでの掲載という披露する場が準備されている。メディアにとって、書き手が成立できる一つの形になっていると思います」
動画の挿入も、大きな役割を果たしました。
「動画とテキストでは、ニュアンスが全く違います。例えばサトシ選手が日本語を話す雰囲気は、テキストだけでは伝わりません。ボリュームのある原稿に動画まで載せて届けられる。LINEのようなメディアは貴重で、非常にありがたかったです」
格闘技を継続させるため 必要な情報を発信し続ける
一般的なWebコンテンツは短くて分かりやすいものが主流です。今回、コラボ企画の「濃く深いコンテンツを届ける」という趣旨が、松山さんの思いとマッチしました。共に取材対象者に深く踏み込んだからこそ描ける物語やメッセージを大切に考えています。その上で、松山さんは今後もコラボ記事に取り組みたいと話します。
「Webコンテンツの広告の在り方など形がどんどん変化しています。その中で、より記事の質を磨き、時間をかけても読む価値のあるコンテンツを増やす必要があると感じています。私たちには格闘技を継続させるために必要な情報を発信する役割がある。その意味でも、今回の記事は本当に届けたかった層にも届けられました」
記事の公開後、ゴング格闘技本誌9月号の撮影がありました。表紙はサトシ選手とクレベル選手。大会を振り返る特集が組まれ、誌面ではにこやかな2人のショットも掲載されていました。
「ジムの大家さんが持つ茶畑で撮影しました。ゴング格闘技の表紙としては珍しい形ですが、こういったアイディアもWebで発信するようになったことの影響があります。LINEの記事を本人たちも翻訳して読んでいましたが、とても喜んでくれました。反響が大きかったんでしょうね。本当にLINEで記事を出せてよかったと思います」
LINE NEWSでは、今後もさまざまなご参画メディアと共に“そのメディアならでは”の、メッセージ性のあるコンテンツを多くのユーザーに届けていきたいと考えています。
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